| 1978年 |
YAMAHAポピュラーソングコンテスト本選 「チャゲと飛鳥」/「流恋情歌」入賞
この年のポピュラーソングコンテストグランプリは円広志さんの「夢想花」、井上大輔氏作曲で楽曲提供(ボヘミアン)をした大友裕子さんもこの年「傷心」で優秀曲賞を受賞
最近購入したコッキーポップTVのDVD
8枚組に付いてたプログラム/YAMAHAと日テレが制作していた音楽番組/C&Aはポプコンで生まれ、この番組にもよく出演していました。 |
| 1979年 |
YAMAHAポピュラーソングコンテスト本選 「チャゲ&飛鳥」/「ひとり咲き」入賞
ASKAさんが歌い出しのタイミングを誤るという痛恨のミス!グランプリ下馬評をよそに入賞に終るが、その後YAMAHAよりデビューの話が・・・デビュー曲は入賞曲の「ひとり咲き」
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| 1980年 |
1stアルバムを引っさげ、旅立ちツアーを敢行 各地で学園祭ツアーを精力的に行う
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| 1981年 |
前半の半年間2ndアルバム「熱風」と同タイトルの熱風ツアーを全国で59公演敢行
夏には初の大きなイベント田園コロシアムで「THE 夏祭り’81」を開催し6000人規模のコンサートを成功させる
後半では学園祭ツアーを敢行
12/10
CBSソニー出版より「愛すべきばかちんたちへ」出版
博多っこNo.2です |
| 1982年 |
年間84公演という驚異的な公演数を消化
夏には名古屋城、つま恋、大阪城西の丸庭園にて「THE 夏祭り’82」を開催
大阪城西の丸庭園は音楽コンサートとして初めて使用され終演後のファンのマナーの良さが伝説的に語られる公演となった
アルバム「熱い想い」は映画「真紅の動輪」のサントラ盤
10/18 現在も復刊の熱望がある写真集「闘魂」が講談社より発売された
博多っこTHE 夏祭り’82特集号 |
| 1983年 |
21世紀へのご招待PART1ツアー
9月30日、国立代々木競技場第一体育館をC&Aが初めて音楽コンサートとして使用
今ではアリーナ会場として定着しているが、ここを会場に初めて使ったのがC&Aであることはあまり知られていない
チャゲ兄の代々木でのMC「俺たちは何処へもいきやしない」は後々まで語り草となる(^_^)v
作詞:ASKA/作曲:井上大輔「ボヘミアン」を葛城ユキさんが歌い大ヒット
初代ボヘミアンを楽曲提供されたのは大友裕子さんでコアなファンの間では大友裕子さんのボヘミアンは人気が高い
9/22
集英社より「時計まわりの青春」出版
「チャゲ&飛鳥」から「CHAGE&ASUKA」へ表記変更
この年日本テレビ系で放送されていた「紅白歌のベストテン」の公開放送に当たった。周りには自分より年上のチャゲアスファンが大勢いた。当時からファンのパワーは炸裂!お揃いのTシャツ組、ハッピ組、ハチマキ組など様々。従姉妹と参加の私なんて大人しいもんでした(笑)曲はあまりの舞い上がりに記憶にはないけど時期からして「マリオネット」あたりだっんじゃないかと思う。
LIVE IN YOYOGI STADIUM LP盤 |
| 1984年 |
C&Aとして例年通りのコンサートツアーは続けられていたがCHAGE、ASUKAとしてソロ活動も行った
チャゲ/石川優子「ふたりの愛ランド」が国民的ヒット!音楽番組に多数出演しCHAGE人気加熱
ASUKA、テレビドラマ「友よ」で初めて役者に挑戦 カーレースを題材にしたドラマのメカニック役で出演
後に「伝わりますか」などの楽曲提供をした”ちあきなおみさん”とこのドラマで共演している
11/15
サンリオ出版より飛鳥涼詩集「オンリー・ロンリー」出版
なんと母が先に買ってました! |
| 1985年 |
打ち込み中心のサウンドに移行していった年
はじめてのセルフプロデュースを経験
この年、ワーナーパイオニアからキャニオンへの移籍に伴い契約上の問題で活動が制限される
偶然にも街でASKAさんに遭遇・・・とは言っても既にファンに気付かれ囲まれてました・・・ASKAさんは笑顔でファンと何か話していた。もったいなくも、遠巻きに見ているだけのYUKIでした。この日以来、偶然はふたたび起こってくれていません(^^ゞ |
| 1986年 |
最初の転換期と言える年になる
移籍問題解決後に発売した「モーニングムーン」がヒット 世間の演歌フォークというイメージを払拭する作品となった
数々の不安を抱きながらも初めてのスタジアム公演「ONE SIDE GAME in YOKOHAMA
STADIUM」大成功
途中音源用コンセントが抜けて打ち込みのデータが全て飛んでしまうというアクシデントに見舞われるがこの日に限ってバンドメンバーがバックアップファイルを所持していたという、なんとも強運な二人!難を逃れる
年末にはフジTV制作の世界紅白歌合戦にロンドンで出演 お披露目の楽曲は「指輪が泣いた」
ロンドン中継の進行役を堂々と勤め上げた |
| 1987年 |
デビュー3部作を担当した「光GENNJI」の大ブレイクで楽曲提供という形でC&Aが注目された年
ASUKA役者として時代劇「新撰組」に伊藤俊介(博文)役で出演 同ドラマ主題歌は初のソロ「MY
Mr.LONELY HEART」
初の海外ロンドンレコーディングが予定されていたがこの年は中止となった
楽曲「ボヘミアン」で世界紅白歌合戦に出演
六本木心中で大ブレイク中のアン・ルイスと対のステージだった。番組中のチャリティオークションに出品。チャゲ兄はスタジャン風のスタッフジャンパー、ASKAさんはデビュー当時から楽曲制作に使用していたギターを出品この時、買えた人・・・今でも持ってるのかな? |
| 1988年 |
87年〜88年は「Mr.ASIA」、「RHAPSODY」、「ENERGY」と後のC&Aの基盤となるような名盤が数々リリースされた。今でもファンの間では人気の高いアルバムである。
「恋人はワイン色」がテレビ東京ドラマ「あぶない雑居カップル」の主題歌となりヒットの兆し
前年海外レコーディングは中止となったが、アルバム「ENERGY」で海外ミュージシャンとのラインができた
飛鳥涼、初のソロアルバム「SCENE」リリース |
| 1989年 |
デビュー10周年、第二の転換期と呼べる年かもしれない名曲「PRIDE」もこの年にリリースされる
10周年記念アルバム「PRIDE」はオリコン初登場第一位
WALKはASKAさん自身がヒット狙いから、作りたい楽曲を優先する意識で作った曲と言ったことから意識改革が顕著に表現された曲なのかもしれない
まさにこれからブレイクの兆しが見えてきたという時に「夜のヒットスタジオ」の新聞番組欄に掲載された「今夜、重大発表」という文言をきっかけに二人の解散説が持ち上がった。解散はしないという約束をしてASUKA単身ロンドンへ旅立つ。
7/20
八曜社より「PRIDET」を出版 10/10 八曜社より「PRIDEU」を出版
10月スタートのFM放送、CHAGE「NORU
SORU」絶好調!
CHAGE、「MULTI MAX」として浅井ひろみさん、村上啓介さんらと初ツアーを敢行

89年リリースのジャケットと92年リリースの時のジャケット |
| 1990年 |
CHAGEロンドンでASUKAと合流
この年、CHAGE&ASUKAからCHAGE&ASKAと表記を変更 海外ミュージシャンはASKAの方が発音しやすいようで表記から”U”を抜いたと後に夜のヒットスタジオでASKAさんが語っていました
初の海外レコーディングアルバム「SEE YA」を引っさげ半年間の活動休止からC&A活動を再開
この頃からプラチナチケット、チケットが取れないアーティストとして名を連ね始める
11/21
八曜社より「けれど空は青 飛鳥涼論」を出版 |
| 1991年 |
激動の一年
PanasonicのCMで流れたASKA「はじまりはいつも雨」はあまりに強い要望で当初予定していなかったが、シングル リリースとなり大ヒットする(10月にはミリオンセラー達成)
フジTVドラマ「101回目のプロポーズ」の主題歌となった「SAY YES」が驚異的なヒット オリコン初登場第一位、13週連続一位の快挙
ASKAソロアルバム「SCENEU」オリコン初登場第一位 既提供曲の数々をASKAボーカルでカバー
11月リリース「僕はこの瞳で嘘をつく」オリコン初登場第一位 ヒット曲の次は難しいの神話を打ち破る!
日本中がCHAGE&ASKA一色となった年 アルバム「TREE」は発売第2週目でミリオンヒットとなる
この年の会報はカラーだったり白黒だったり?なんでだろう?? |
| 1992年 |
アルバム「GUYS」制作のためロンドンへ
デビュー当時から行っていた「ファンの集い」は、この年の10月26・27日の沖縄が最後となった
この年のゴールドディスク大賞はチャゲアスが独占という勢いでした
アルバム「GUYS」オリコン初登場第一位
大ヒット、チャゲアス現象を受けファンも増大、一部の暴走ファンに対してマナーについてなどファンクラブの方から初めていろいろと発信された年でした
4月にC&Aが小田さんのLIVEに飛び入りし「SAY YES」を歌い、5月には小田さんがC&AのLIVEに飛び入りし、3人で「ラブストーリは突然に」を歌ったと会報に掲載されました・・・なんと豪華な!小田さん曲でのチャゲ兄のハモ高音域炸裂だったんだろうな(笑) |
| 1993年 |
初の試み「CONCERT MOVIE GUYS」を全国で公開
「YAH YAH
YAH」オリコン初登場第一位のメガヒット
CHAGE&ASKA SPECIAL EVENT GUYS 〜夢の番人では大阪城ホール6日間、名古屋レインボーホール5日間
国立代々木競技場第一体育館を8日間満席にするという偉業を成す
2年連続ゴールドディスク大賞グランプリ受賞
「モナコ音楽祭」にアジアのミュージシャンとしてC&Aが初参加楽曲は「no
no darlin’」でした
小田和正さん、石井竜也さんらと共に”USED TO BE A CHILD”「僕らが生まれたあの日のように」をリリース
あまり知られていないけどジャスラック大賞もグランプリ受賞 金賞「SEY
YAS」は史上初の2年連続大賞
また銀賞は「僕はこの瞳で嘘をつく」で同一アーティストの金銀受賞も史上初
Save The
Childrenを支援
ファミリーマートのCMでは袋田の滝をバックに「Sons and Daughters〜それより僕が伝えたいのは」が流れていました
アジアでプロモーション活動を展開、1994年のアジア進出への基盤作りとなった年でもありました |
| 1994年 |
史上最大のアミューズメントパーク
15周年ということでなんと富士急ハイランドでイベントが行われた(もちろんC&Aのフェイント出演ありました)
香港、シンガポール、台湾で初の海外ツアーを敢行
15周年記念シングルオリコン初登場第一位
「HEART/NATURAL/On Your Mark」 シングル「めぐり逢い」も続いてオリコン初登場第一位
MULTI MAXコンサートツアー”Will Will
Will”敢行
ゴールドディスク大賞史上初3年連続グランプリ受賞
「モナコ音楽祭」に2年連続参加 参加曲は「Sons and Daughters〜それより僕が伝えたいのは」
ハリウッド映画『STREET FIGHTER』のエンディングテーマとなる「Something There」を制作(12月全世界で公開)
ASKAさんニュース番組「ニュースステーション」にゲスト出演 |
| 1995年 |
アルバム「Code Name.1 Brother
Sun」リリース
ロングツアー敢行
CONCERTTOUR SUPER BEST V MISSION IMPOSSIBLE 台北では異例の外タレ2日間連日公演を成功させる
「NORU SORU」から「ラジ王」と6年間続いたチャゲ兄の深夜レギュラーラジオ番組はこの年で終了を迎えた
日本でのリリース予定がなかった「Something There」のシングル緊急リリースが決定した |
| 1996年 |
東芝EMI移籍第一弾ASKA「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」はオリコン初登場堂々の第一位
Mステでタモリさんに「簡単に一位取るね」と言われて、困ってたASKAさんが非常に印象的でした
10月よりニュースステーションのオープニングにASKAさんの36度線が起用された
「ASIAN TOUR U Mission Impossible」シンガポール公演から香港公演へと続き長かったツアーの終了となる
伝統のヨーロッパ「MTV UNPLUGGED」へアジアからはCHAGE&ASKAが初出演となった もちろん日本人初!50ヶ国以上の国々で放送された(前渡辺プロデューサー談によれば以前からオファーはあったらしいのですが、まだ早いと辞退していたとのこと)
チャカ・カーン、ボーイ・ジョージらによるカバーアルバム「ONE VOICE」UK盤、国内盤と続けてリリース
MULTI MAXシングル「どうだい」リリース アルバム「Oki
Doki!」リリース
MULTI MAX年越しツアーとなる「Oki Doki!」スタート |
| 1997年 |
ASKAソロシングル「ID」リリース ASKAソロアルバム「ONE」リリース
「ASKA
CONCERT TOUR
ID」敢行 アルバム「ONE」を引っさげての初ソロコンサート 中国・上海、国内(横浜、札幌)追加公演も行われた
上海公演ではチャゲ兄の飛び入りで「YAH YAH YAH」を披露し会場は大いに沸いた!
4/10
冬幻舎よりCHAGE「月が言い訳をしている」を出版
宮崎駿監督作品/スタジオジブリ実験劇場短編アニメ「On Your Mark」がリリースされる 宮崎監督も初の音楽作品との合作で注目を浴びる!
「三人のASKA」がファンクラブより出版される
三人のライターの視点で捉えたASKA |
| 1998年 |
ASKAソロシングル「Garl」リリース ASKAソロアルバム「Kicks」リリース C&A活動を延期し「ASKA
CONCERT TOUR Kicks」敢行
CHAGE1年半ぶりのステージ
初ソロコンサート「上海之行演唱会」を上海体育館で行う
CHAGEラジオレギュラー「TREASURE BOX」スタート及びフジ系「P-STOCK」のレギュラーも担当
ソロコンサート「CHAGE大いに唄う in 武道館」にてASKAが飛び入り!
2年以上C&A復活を待ち続けたファンは大盛り上がり!
CHAGEソロコンサートツアー「Feeling Place」敢行
年末には初のソロカウントダウンLIVEを渋谷公会堂で行った |
| 1999年 |
20周年の年、CHAGE&ASKA始動
なんとC&Aとしては3年ぶりのシングルをリリース
「この愛のために/VISION」
MTV番組収録「赤坂BLITZ SPESIALl MTV PROGRAM LIVE」
2日間に渡ってアコースティックライブを行う
CHAGE&ASKAのコンサートとしては実に3年半ぶり!
20周年記念コンサートは初のアコースティックライブをファンクラブ限定で行う(日本武道館、大阪市体育館)「CHAGE&ASKA
20th Anniversary Premium Live」
デビュー記念日の8/25、CHAGE&ASKA3年ぶりのアルバム セルフプロデュース「NO
DOUBT」をリリース
「CHAGE&ASKA CONCERT TOUR 電光石火」を敢行
北京、上海公演は「CHAGE&ASKA ASIAN TOUR NO DOUBT」
C&A初カウントダウンライブ、初ドーム公演
世の中2000年問題が騒がれる中、ドーム公演を今まで拒んできたが、お祭り気分で騒ごう!ってことで行われた。「CHAGE&ASKA
千年夜一夜ライブ〜福岡ドーム 僕らがホーム〜」MULTI MAX、ASKAソロ、CHAGE&ASKAという豪華な3部構成で行われた。 |
| 2000年 |
ASKAソロシングル「good time」をリリース
ソロではずっとロック路線だったが、久々にASKAテイストが目一杯のバラード曲
そして2000年ASKAソロコンサートに向けアルバム制作を開始したが、日韓親善大使の話が舞い込んでくる。突然の話に本人たちもわからないままVIP待遇で韓国へ・・・
そして8/26、27にはもちろん日本人として日本語曲で始めてのコンサートを韓国でCHAGE&ASKAが行った。これは韓国政府の文化開放の歴史に残る出来事となった。
この頃の話しをメニコンマンスリーマガジンでASKAさんが語っています http://fma.co.jp/menicon/0009/index.html
私はCSで韓国ライブを観ましたが「On Your Mark」で男泣きをしたASKAさんに感動!男の人が人前で泣くなんて・・・どれだけ重いたいものが二人の肩にのしかかっていたのか伺い知れる出来事でした
予定外に突然決まったCHAGE&ASKAとしての韓国LIVE
とうとう、ASKAさんのアルバムはお蔵入りとなってしまった!アルバム不在のままコンサートツアー「good
time」を敢行
公演の合間に恵比寿ザ・ガーデンホールにて「ASKA PRE-FINAL」と称し初のライブハウス公演を行った
リハーサルを一般公開しちゃえというノリでなんとASKAさんはジャージ姿でステージに立った。
アンコールでチャゲ兄が登場、「no no darlin’」を二人で熱唱し大いに盛り上がった!
本当に二人にとっては激動の一年だったことと思います |
| 2001年 |
本格的にCHAGE&ASKAとしての活動を再開
精力的なリリースラッシュ
この年4月、8月、9月、11月と4枚のシングルをリリース
「ロケットの樹の下で/ふたりなら」
「パラシュートの部屋で/アジアンレストランにて」
「C−46/Born the trap」
「夢の飛礫/HOTEL/砂時計のくびれた場所」
11月にはアルバム「NOT AT ALL」をリリース
「CHAGE&ASKA CONCERT TOUR NOT AT ALL」は「SAY
YES TOUR」以来のホールツアーとなった
アリーナ追加公演も入れると84公演というロングツアー
2002/2/18地元福岡サンパレスで通算1000本目を迎えた |
| 2002年 |
5/22 NOT AT ALLツアーが終演を迎えた時点でこの年の秋から再びロングツアーが行われることが決定していた
夏には福岡「海の中道海浜公園」での野外イベントに参加
この時、スターダスト☆レビューと合作し即興で披露した曲が2003年のコラボレーションシングル発売へとつながった
シングルリリース予定がなくなり初のセルフカバーアルバム制作に変更となる
11月1日にはデビュー当時以来の学園祭「青学祭」に出演
この模様はワイドショーなどにも取り上げられ話題となった。
「CHAGE&ASKAC ONCERT TOUR 02−03 THE LIVE」
神奈川県の座間ハーモーニーホールを皮切りにスタート
ツアー開始から5日遅れでセルフカバーアルバム「STAMP」をリリース、この「STAMP」の楽曲を中心としたホールツアーとなったが、中にはオリジナルのまま披露された「ひとり咲き」、STAMPに収録できなかったカバー曲「僕はこの瞳で嘘をつく」などもセットリストに加わり新旧ファンを沸かせてくれた。 |
| 2003年 |
この年のライブは1月7日(火)釧路市民文化会館から始まった。
CONCERT TOUR 02>>03 THE LIVE が続けられる中3月1日、京都駅ビル構内にある室町小路広場で行われたFM802のキャンペーン「HELLO!802 LIVE FLASH」に参加。デビュー24年目で初めてとなる「無料」ライブに挑戦した。後にCHAGE兄が「カッパライブ」と言っていたが報道された。映像を観たら、なるほど雨天決行とあってカッパを着たファンの声援と盛り上がりが印象的だった。
5月17日(土)マリンメッセ福岡にてロングツアーの最終日を無事迎えた。お疲れ様でしたm(_
_)m
7月、この年のカウントダウンライブが札幌ドームに決定された。
そしてAir-g(FM北海道)にてCHAGE兄のレギュラー番組「今夜はチャゲラッチョ!」が7月7日よりスタートした。
7月26日(土)テアトロン「楽園音楽祭2003に出演
(シングルリリースされた「デェラ・シェラ・ム」初回限定盤のDVD特典にライブ映像が収録された。)
7月27日(日)FM802 MEET THE WORLD BEAT 2003に出演
この年の野外活動のスタートとなった。
8月9日(土)SOUND CONIFER 229 「青春の影」
大型台風上陸で開催を危ぶまれたが決行!開催はいろいろ論議を呼んだがファンにとっては忘れられないライブとなった。
8月16日(土)RISING SUN ROCK FESTIVAL 2003 in EZO出演
ロックフェスにチャゲアス?を吹き飛ばしたライブだった!
10月13日(月)MIX 2003 Super Session 5(ファイブ)ホヤーズ
『Crab Kingdom 蝦夷カニ合戦〜』
井上陽水、今井美樹らと共にトップミュージシャンのステージにゲスト出演
12月15日(月)山形県民会館を皮切りに始まった
「NTT DoCoMo東北 Thanks Festa オムニバスライブ」
オムニバスライブではあったがC&Aは全6公演に出演した。
12月31日 札幌ドームにてカウントダウンライブ敢行
日本中から3万人のファンが札幌ドームに集結した。
2003年リリース
| 2003/03/12 |
MUSIC ON FILMS |
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| 2003/08/06 |
CONCERT TOUR 02>>03 THE LIVE |
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| 2003/09/10 |
デェラ・シエラ・ム |
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| 2003/12/17 |
心に花の咲く方へ/心に花の咲く方へ(Instulment) |
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| 2003/12 |
Reframing(ファンクラブ限定販売) |
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ファン友さんが送ってくれた写真(札幌市内UBUSUNA CAFE) |
| 2004年 |
・・・ing 2004年以降は、活動情報カレンダーに詳しく掲載しております。 |